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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)10585号 判決

原告 伊藤忠鋼材販売株式会社

右代表者代表取締役 小林孝愛

右訴訟代理人弁護士 豊田泰介

右同 熊谷康一

被告 三井東圧化学株式会社

右代表者代表取締役 笠間祐一郎

右訴訟代理人弁護士 青山義武

右同 磯崎良誉

右同 鈴木醇一

右同 田代有嗣

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、六億八六八二万円及びこれに対する昭和五八年六月一一日から支払済みまで日歩五銭の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文第一、二項同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告会社と訴外三井東圧温室農芸株式会社間の売買契約

(一)  原告会社は訴外三井東圧温室農芸株式会社(以下「訴外三井東圧温室農芸」という。)との間で農業用ビニールハウス部材について別紙記載のとおりの売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

(二)  原告会社は、訴外三井東圧温室農芸との本件売買契約において、訴外三井東圧温室農芸が原告会社に対して負担する売買代金、手形金の支払を一回でも怠った時は、訴外三井東圧温室農芸は原告会社からの何らの催告なくして、期限の利益を喪失する旨、及び売買代金の支払を遅延した場合には日歩五銭の割合による損害金を支払う旨の特約をした。

(三)  本件売買契約中別紙一の代金支払期限である昭和五八年六月一〇日が、その支払のないまま経過した。

2. 訴外三井東圧温室農芸の解散

訴外ナガサト産業株式会社(以下「訴外ナガサト」という。)は昭和五八年五月三〇日、福岡地方裁判所久留米支部に対し、和議の申立てをなした。訴外ナガサトの右和議申立てに伴い同社に対し約六八億円の債権を有していた訴外三井東圧温室農芸は、被告会社の指示に基づき昭和五八年五月三一日以降を支払期日とする約束手形金等の支払を全面的に拒絶し、かつ、同年六月一四日銀行取引停止処分を受け、同年七月一五日には解散した。

3. 被告会社の責任

(一)  法人格否認(第一次的主張)

(1) 被告会社の概要

被告会社は、昭和八年四月一日設立され、現在、その資本金を三二九億二八〇〇万円とする上場会社(東証第一部)であり、硫酸アンモニア、尿素、可燐酸石灰、その他各種化学肥料、農薬品及び農業用資材の製造加工並びに売買等を目的とする著名な総合化学メーカーである。

(2) 訴外三井東圧温室農芸の概要

訴外三井東圧温室農芸は昭和五五年一月一二日設立され(資本金一億円)、温室の設計・施工、農業用資材の売買等を目的とする会社である。

(3) 被告会社と訴外三井東圧温室農芸の関係

(ア) 被告会社は、右のとおり従来より肥料・農薬・農業用ビニールあるいは農業用暗渠パイプなど農業分野における多くの資材・施設を取扱ってきたものであるが、昭和四八年、アメリカ最大の温室メーカーであるアイビージー・インターナショナル・インコーポレイテイッド(以下「IBG社」という。)より温室の技術を導入し、その技術を基礎に更に国内需要家の要望を満たすため、自社技術を加味した「三井IBG温室」を開発し、昭和五〇年にその販売を開始し、その後数度にわたる商品改良を行ってきた。

(イ) そして同社はその農業資材部門を子会社形態をもって運用する目的のもとに、昭和五五年一月訴外三井東圧温室農芸を設立し、同社をして被告会社の右農業用資材部門の業務をその同一性を保持しつつ行なわしめるに至ったものである。

(ウ) 訴外三井東圧温室農芸は被告会社の全額出資による一〇〇パーセント子会社である。

(エ) 訴外三井東圧温室農芸の代表取締役社長である訴外山下公男(以下「山下」という。)及び代表取締役専務である訴外高柳栄夫(以下「高柳」という)等の役員はもとより、社員約四〇名の過半数以上は被告会社の関係者で構成されている。

(オ) 被告会社は訴外三井東圧温室農芸の人事・経営等について同社に対し指示・監督をし、また、訴外三井東圧温室農芸のなす営業についての資金調達、技術の供与、取引先の引継ぎ等はもちろんのこと、同社が必要とする原料等についても自ら調達しうるものについては全量供給してきた。

(カ) また被告会社と訴外三井東圧温室農芸の一体性を対外的にも表示するため、訴外三井東圧温室農芸の商号中には被告会社の商号の要部であり、被告会社の略称でもある「三井東圧」の名称が冠され、訴外三井東圧温室農芸の社章・商標サービスマーク等も被告会社と同一のが使用されている。

(キ) 被告会社は、訴外三井東圧温室農芸を一〇〇パーセント支配の連結子会社として連結決算を公示している。

(4) 右のとおり、訴外三井東圧温室農芸は被告会社の完全支配下にあり、訴外三井東圧温室農芸の損益は被告会社に帰属し、形式上その法人格は被告会社とは別法人とされてはいるが、設立時より解散に至るまで一貫して全くの形骸にすぎないものであった。また、訴外三井東圧温室農芸の業務の運用及び解散は被告会社の指示によるものであり、訴外三井東圧温室農芸の法人格はその設立より解散に至るまで一貫して被告会社により濫用されたものである。右のいずれの理由によっても訴外三井東圧温室農芸の法人格は否認されるべきものである。したがって、被告会社は法人格否認の法理により訴外三井東圧温室農芸が原告会社に対して負担する本件売買契約に基づく債務を履行する義務を負うものというべきである。

(二)  商法二三条に基づく責任(第二次的主張)

(1) 被告会社は自己の商号の要部であり、かつその略称である「三井東圧」なる部分を訴外三井東圧温室農芸の商号の要部として使用して、同社を設立し、もって自己の名称を使用して同社に前記営業をなさしめ、かつ前記の通り、被告会社と訴外三井東圧温室農芸との間の完全支配、完全同一体を積極的に表示して、訴外三井東圧温室農芸のなす営業の営業主が被告会社である旨の外観を作出した。

(2) 原告会社は、訴外三井東圧温室農芸との前記売買取引をなすにあたり、訴外三井東圧温室農芸より、同社の実質営業主は一〇〇パーセント出資等の関係を有する親会社である被告会社である旨の説明及び被告会社による訴外三井東圧温室農芸の完全支配、完全同一体についての前記表示を何ら過失なく信じ訴外三井東圧温室農芸と本件売買契約を締結したものである。

(3) したがって、被告会社は商法二三条もしくはその類推適用により訴外三井東圧温室農芸が原告会社に対して負担する本件売買契約に基づく債務につき連帯して支払義務を負うべきものである。

(三)  民法七一五条に基づく責任(第三次的主張)

(1) 訴外三井東圧温室農芸の取締役である訴外永井信哉(以下「永井」という)及び訴外沢村治夫(以下「沢村」という。)はいずれも被告会社の取締役でもあり、訴外三井東圧温室農芸の代表取締役である高柳らは、被告会社より出向している者(以上の者全員を、以下「被用者ら」という。)で、いずれも被告会社との間に委任若しくは雇傭に基づく身分関係を有し、かつ、訴外三井東圧温室農芸の経営等に関する意思決定は悉く、被告会社と身分関係を有し、被告会社の要職にある右役員等において決定し、これを実行するという直接的指揮監督関係が右両者間に存する。

(2) 被用者らの行う訴外三井東圧温室農芸の事業の執行は一〇〇パーセント支配の親会社である被告会社の指揮監督下においてなされ、したがってそれらの者の行う事業の執行は訴外三井東圧温室農芸の事務の執行ではなく、被告会社の被用者としての被告会社の事業の執行にあたるというべきである。

(3) 被用者らの過失

(ア) 被用者らは、それぞれ前記立場に基づき、三井IBG温室の販売実績及び訴外三井東圧温室農芸の経営内容等については充分知悉し、若しくは知りうべき立場にあった。

(イ) 被用者らは、訴外ナガサトが与信先としては極めて危険な会社であると知りながら、訴外三井東圧温室農芸をして自己の年商(約五〇億円)を上まわる約六八億円という異常な与信をなした。

(ウ) したがって被用者らは、訴外三井東圧温室農芸をして、前項のごとき異常な状態を継続すれば、訴外三井東圧温室農芸の訴外ナガサトに対する債権が不良化する危険が極めて高く、ひいては訴外三井東圧温室農芸と直接取引関係にある原告会社に対する支払債務の履行も不能もしくは著しく困難な状態に立ち至ることを知りながら、又は容易に知り得べきであったにもかかわらず、著しくこれを怠り、対外的にはこれをことさら秘し、一方訴外三井東圧温室農芸が原告会社より仕入れる商品については、その実、訴外三井東圧温室農芸はこれを訴外ナガサトに売り渡すという異常な取引をなしていたにもかかわらず、これを秘し、訴外三井東圧温室農芸が原告会社より仕入れる商品はすべて被告会社の名声と信用を背景に信用力絶大な全国農業協同組合連合会(以下「全農」という)を通じて全国各地の農業協同組合に売り渡すというあたかも正常取引をなしているかの如き虚偽の表示をした。

(エ) もって被用者らの前記説明及び前記被告会社と訴外三井東圧温室農芸の関係の表示を全面的に信じ、昭和五六年以降、被告会社に対する全面的信頼のもとに訴外三井東圧温室農芸との取引を継続してきた原告会社をして、従来通り、絶対確実にその代金の支払を受けられるものと誤信させた。

(オ) そして被用者らは、原告会社をして、別紙記載のとおり昭和五七年一〇月二〇日より昭和五八年四月二〇日まで合計七回にわたり訴外ナガサトと訴外三井東圧温室農芸間の売買取引に介入せしめ、別紙記載の売買代金債権相当の損害を蒙らしめた。

(4) 原告会社が蒙った右損害は訴外三井東圧温室農芸の前記取締役らが被告会社の被用者として、その事業の執行について過失に基づき原告会社に与えた損害であり、従って被告会社はその使用者として右損害を賠償すべき義務がある。

4. よって原告会社は被告会社に対し

(一)  売買契約に基づく売買代金として(第一次及び第二次的主張に基づく)六億八六八二万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五八年六月一一日より支払済みまで日歩五銭の割合による約定遅延損害金の支払を、

(二)  不法行為に基づく損害賠償として(第三次的主張に基づく)六億八六八二万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五八年一〇月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二、請求原因に対する認否及び反論

1. 請求原因1は否認する。

2. 請求原因2のうち訴外三井東圧温室農芸の解散が被告会社の指示に基づくとの点は否認し、その余は認める。

3. 請求原因3(一)(1)及び(2)は認める。同3(一)(3)(ア)、(ウ)、(キ)は認め、同(イ)は争い、同(オ)は否認する。同3(一)(3)(エ)のうち、訴外三井東圧温室農芸の役員らが被告会社の関係者で構成されていることは認め、その余は争う。同3(一)(3)(カ)のうち、訴外三井東圧温室農芸の商号中に、被告会社の商号の一部であり、関係会社であることを示す「三井東圧」の名称が含まれていること、訴外三井東圧温室農芸の社章がであることは認めその余は否認する。同3(一)(4)は否認する。

訴外三井東圧温室農芸の業務の運営に関する重要事項はすべて同社の取締役会が決定し、また、同社の経理等もすべて被告会社とは全く別個独立に処理されていたのであり、訴外三井東圧温室農芸の法人格は形骸化していたものではない。また同社が設立されたのは温室の製作販売事業が消費者に直結する末端商品販売業的性格を持ち中小企業的組織による経営が適していたからであり、同社が解散したのは訴外ナガサトに対する約六八億円の債権が回収不能に陥り、事業の継続が不可能となったためやむなく採った措置であって、同社の法人格が濫用されたものでないことは明らかである。

4. 請求原因3(二)は否認する。

5. 請求原因3(三)(1)のうち、永井及び高柳は訴外三井東圧温室農芸の設立時から、沢村は昭和五七年六月三〇日からいずれも同社の取締役(高柳は、代表取締役)であったこと、永井は訴外三井東圧温室農芸の設立時から、沢村は同五六年六月三〇日からいずれも被告会社の取締役であったこと、高柳は訴外三井東圧温室農芸の設立時から被告会社の被用者たる身分を保持しつつ訴外三井東圧温室農芸へ出向していたこと永井及び沢村が被告会社の取締役在任中、被告会社との間に委任関係があり、高柳と被告会社との間に雇用関係があったこと、右三者が訴外三井東圧温室農芸の取締役に在任中、同社の経営に関する重要な意思決定に参画すべき立場にあったことはいずれも認め、その余は否認する。同3(三)(2)は否認する。同3(三)(3)(ア)のうち、永井、沢村、高柳が三井IBG温室の販売実績を知っていたこと、同人らが訴外三井東圧温室農芸の取締役就任後は同社の経営内容を知りまたは知り得べき立場にあったことは認めその余は否認する。同3(三)(3)(イ)ないし(オ)は否認する。同3(三)(4)は否認する。

永井、沢村、高柳が訴外三井東圧温室農芸の取締役会における意思決定に参加した場合においても、それは訴外三井東圧温室農芸の取締役たる地位に基づいたもので被告会社の取締役たる地位に基づいたものではない。また、右三名が被告会社の取締役を兼ねていたことにより、訴外三井東圧温室農芸の取締役会における意思決定につき被告会社の意向の反映があったとしても、それは、民法七一五条の使用者と被用者との間に存在すべき指揮監督関係とは全く異質のものである。また実際上も、永井、沢村は非常勤取締役であり訴外三井東圧温室農芸の意思決定にはほとんど影響を及ぼすことはなかったし、高柳は被告会社を休職中で、被告会社が同人を通じて訴外三井東圧温室農芸の意思決定に大きな影響を及ぼすという関係はなかった。

6. 請求原因4は争う。

三、抗弁

(本件売買契約中一ないし六の契約の錯誤無効)

1. 訴外三井東圧温室農芸は、訴外ナガサトの依頼により原告会社と訴外ナガサトとの売買取引に介入したものである。訴外三井東圧温室農芸は訴外ナガサトとの間で昭和五五年一月頃からリップハット鋼や温室部材等の取引を相当回数行い、右取引が無事決済されてきたこと、当時訴外ナガサトの取引先等は全農等信用ある大手ぞろいであったことから訴外三井東圧温室農芸は訴外ナガサトとの取引を維持拡大してきた。訴外ナガサトはその信頼につけこみ言葉巧みに多くの取引を持ちかけ、訴外三井東圧温室農芸はこれに応じたが、本件売買契約もその取引の一環であった。

2. しかし、本件売買契約中別紙一ないし六の契約は訴外ナガサトが資金に窮し、商品のカラ売買を行なった際の取引の一つであった。右取引は売買の目的物もその引渡もはじめから予定されていない架空の取引で単に書面上のものにすぎなかった。しかしながら訴外三井東圧温室農芸はそのような架空取引に介入する意思はなく、架空と知っていたなら契約の締結に応じなかった。したがって訴外三井東圧温室農芸が原告会社と訴外ナガサトの売買取引に介入することにより、原告会社と訴外三井東圧温室農芸との間に締結された本件売買契約中別紙一ないし六の契約は動機の錯誤により無効である。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、法人格否認ないし法人格濫用の主張について

まず、原告会社は、訴外三井東圧温室農芸は被告会社の完全支配下にあって、その法人格は設立時より解散時まで一貫して形骸化しており、また訴外三井東圧温室農芸の法人格は被告会社により濫用されたものであるとして、法人格否認の法理の適用により訴外三井東圧温室農芸の法人格を否認し、直接被告会社に対し、本件売買契約に基づく売買代金を請求しうると主張するので、以下この点について判断する。

1. 被告会社の概要

請求原因3(一)(1)は当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠〉を総合すれば以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告会社は昭和八年四月一日に設立され、現在資本金三二九億二八〇〇万円、年間総売上高約四〇〇〇億円、従業員数約五六〇〇名(昭和五五年当時は八三八〇名)の東京証券取引所一部上場会社であり、同社は、東京都千代田区霞が関三丁目二番五号に本店を置くほか、全国に四支店、七工業所を置いている。

(二)  被告会社の子会社は昭和五七年当時において六五社あり、内連結子会社は訴外三井東圧温室農芸を含む一三社にのぼっていた。

(三)  被告会社は、各種化学肥料、農薬品、農業用資材、各種化学工業品の製造、加工、売買などを目的とする総合化学会社であるが、同社の特徴は、多額の資金を投じて製造装置を作り、それにより大量販売の可能な樹脂化学製品等を作る素材産業を中心としている点にある。また同社において製造された物は、三井物産株式会社(総代理店)等の代理店、商社を通じて売却されるものがほとんどであって、被告会社から最終的な消費者にその製造品が直接売却されることはほとんどない。

(四)  被告会社は、新商品の開発、既存商品の製造方法または利用方法等の開発改良のために、本社機構の一つとして開発部を設け、同部を中核として、新規化学工業品及びその関連商品の研究開発に当らせていた。

2. 訴外三井東圧温室農芸設立に至る経緯

請求原因3(一)(3)(ア)は当事者間に争いがなく、右事実に、〈証拠〉を総合すれば以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被告会社は、昭和四七年ころ、前記開発部においてガラス繊維強化アクリル樹脂板(以下「FRA」という。)製造用原料樹脂の開発に成功した。一方当時アメリカ最大の温室メーカーのIBG社が、リップハット鋼と称する特殊な形状の鋼材を使用した温室用屋根構造物に関する米国特許を保有し、右構造物が温室としてきわめて優秀な性能を持つことが判明した。そこで被告会社は、昭和四八年IBG社との間に右特許にかかる技術及び関連ノウハウの使用に関するライセンス契約を締結し、右導入技術を使用して、リップハット鋼を骨材として、FRAを被覆材とする温室の製造事業を開始し、右温室を「三井IBG温室」と名付けた。そして被告会社は、右三井IBG温室の改善、改良、普及、宣伝、販売ルートの創設等に取り組み、同五四年には被告会社開発部の中に右温室事業遂行のためにG計画準備室が設置された。

(二)  被告会社においては、右温室事業が全く新しい分野であったこと、被告会社は前記のとおり素材産業が中心であるが、温室事業の場合には農家に直接温室を販売するという末端的な事業であり、しかも、その販売活動は、農家の手の空いた夜や休みの日が中心となるし、また地域的に温室の構造を変更する必要もあることから、右被告会社の事業とは性格が異なること、したがって、従業員の労働条件等において大きな差異が出てくることなどから、右温室事業は中小企業的運営が適すると考え別会社組織にして遂行することとなり、被告会社投資会議(主たる構成員は企画部長、開発部長その他の部長クラス)常務会の各決議及び社長の決裁等を経て、訴外三井東圧温室農芸が設立される運びとなった。

3. 訴外三井東圧温室農芸の概要及び被告会社との関係

請求原因3(一)(2)、同3(一)(3)(ウ)、同3(一)(3)(キ)、訴外三井東圧温室農芸の役員らが被告会社の関係者で構成されていたこと、訴外三井東圧温室農芸の社章がであることはいずれも当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠〉を総合すれば以下の事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  訴外三井東圧温室農芸は、昭和五五年一月一二日、資本金一億円を被告会社が全額出資して設立された。同社の目的は、温室の設計及び施工、温室部材の製造、加工及び売買、農業用資材及び機械器具の売買、各種建設工事の請負、設計、監督、右に付帯関連する事業であり、同社の本店は、同社が独自に借りた東京都中央区日本橋本町四丁目一番地に置かれた(ただし、同社解散決議後の昭和五八年八月一日には、被告会社と同じ東京都千代田区霞が関三丁目二番五号に移転した。)。

(二)  訴外三井東圧温室農芸は、右のとおり被告会社の一〇〇パーセント出資の子会社であり、被告会社の連結子会社とされ、連結決算が公示されている。一方、被告会社は、多数の子会社を有し、うち、連結子会社だけで一三社にのぼっている。

(三)  訴外三井東圧温室農芸の設立時の役員は、常勤取締役として訴外夏原久三(代表取締役社長、以下「夏原」という。)、高柳(代表取締役専務)、訴外寺崎義男(以下「寺崎」という。)及び訴外飯塚十四正(以下「飯塚」という。)の四名が、非常勤取締役としては、永井、訴外早野雄二(以下「早野」という。)、和田太郎(以下「和田」という。)及び広田国臣(以下「広田」という。)の四名がそれぞれ選任された。夏原は被告会社の福岡支店長(参与)を辞職して右取締役に就任し、高柳は被告会社の前記G計画準備室副室長から同社を休職して右取締役に就任した。また寺崎はかつて被告会社の子会社である三井東圧グリーン施設株式会社の役員の経験はあったが、訴外三井東圧温室農芸に取締役として就任する時には被告会社と身分関係を有しない者であり、飯塚は被告会社の経理部からG計画準備室を経て被告会社を休職して、訴外三井東圧温室農芸の取締役に就任したが、まもなく被告会社を停年で退職したものである。当時、永井は被告会社の常務取締役開発部長であり、早野は同社の肥料事業本部長、和田は樹脂加工事業部長、広田は開発部次長、G計画準備室長という地位のままで、訴外三井東圧温室農芸の非常勤取締役を兼務していた。その後山下が昭和五六年六月三〇日被告会社総務部長退職と同時に、訴外三井東圧温室農芸の代表取締役社長に選任され、訴外高橋剛、訴外中村宏三はいずれも被告会社退職(高橋は昭和五六年、中村は昭和五七年)後、沢村は昭和五七年六月三〇日から被告会社の取締役のままで、訴外綾部孝夫は昭和五五年にそれぞれ訴外三井東圧温室農芸の非常勤取締役に選任された。しかし、いずれの非常勤取締役も、訴外三井東圧温室農芸から報酬を受けることはなかった。

(四)  訴外三井東圧温室農芸の従業員(役員を除く)について、被告会社からの派遣者(以下「被派遣者」という。)と、訴外三井東圧温室農芸が直接雇用した者(以下「直接雇用者」という。)の人数についてみると、訴外三井東圧温室農芸設立時においては、被派遣者六名、直接雇用者二名であり、昭和五六年六月末においては被派遣者一二名、直接雇用者二二名であり、同五八年六月末においては被派遣者一一名、直接雇用者六七名であった。

(五)  訴外三井東圧温室農芸の業務運営方針等については、同社の取締役会の独自の決議により決定されていた。また前記非常勤取締役は右業務の運営について関与することは少なく、前記永井についてみると、訴外三井東圧温室農芸の本店に行くのは二ないし三か月に一度程度であった。また、訴外三井東圧温室農芸の行う温室事業は被告会社にとって新しい分野の仕事であったうえ、実際上も右温室事業の開発にあたった被告会社開発部からは、高柳が訴外三井東圧温室農芸の代表取締役に就任し、飯塚、広田、永井が同社の取締役に就任したこともあって、被告会社においては被告会社が右事業の運営の詳細にわたり訴外三井東圧温室農芸に指示するという関係にはなかったうえ、実際上も右指示を与えることはできえない状態となっていた。

(六)  もとより、被告会社においては、同社の関連事業部が、多数の子会社全体をみて事業分野の重複を避けるための調整等(以下「総括管理」という。)を実施していたし、また被告会社開発部は訴外三井農芸からの技術的な相談に乗るなど(以下「個別管理」という。)してはいた。しかし、被告会社は訴外三井東圧温室農芸にその業務運営について、定期的に報告義務を課したり、事業推進について具体的な指示をするなどの業務運営につき直接指揮監督するということはなく、むしろ、被告会社としては数ある子会社の中でも訴外三井東圧温室農芸に対しては、特に、目的事業が、被告会社の事業とは異なる新しい事業分野であることから完全に常勤取締役らに任せて、その業務運営を自主独立に行なわせる方針をとっていた。

(七)  被告会社が訴外三井東圧温室農芸に対し、塩化ビニールフィルム等原料の一部を供給することはあったが、右は仕入れている原料全体からみれば金額的には数パーセント程度のものであり、FRAについてみれば、被告会社が訴外日東紡績株式会社(以下「日東紡」という。)にFRAの加工を依頼し、訴外三井東圧温室農芸は日東紡からFRAの板を買い入れるという関係にあった。

4. 訴外三井東圧温室農芸の解散

請求原因2は、訴外三井東圧温室農芸の解散が被告会社の指示に基づくとの点を除き当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠〉によれば、訴外三井東圧温室農芸は、昭和五八年五月三〇日福岡地方裁判所久留米支部に対して和議申立てをなした訴外ナガサトに対し、約六八億円の債権を有していたために、昭和五八年五月三一日以降を支払期日とする約束手形等の支払を全面的に拒絶し、同年六月一四日には銀行取引停止処分を受け、同年七月一五日には株主総会の決議により解散し、その後特別清算手続が進められていることが認められる。尚、原告会社は右解散が被告会社の指示に基づくものである旨主張するけれども、右事実を認めるに足りる証拠はない。

5. 法人格否認の主張について

およそ社団法人において法人とその構成員たる社員とが法律上別個の人格であることはいうまでもなく、このことは社員が一人である場合も同様である。しかし、およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであって、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに、法的技術に基づいて行なわれるものなのである。したがって法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからざるものというべきであり、法人格を否認すべきことが要請される場合が生じる(最高裁昭和四三年(オ)第八七七号、昭和四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号五一一頁)と解されるところ、この理は社団法人とその背後にある社団法人との間においても異なるとはいえなくはない。そしてこれをいわゆる親子会社間においてみるのに、もとより親会社と子会社は二つの法人として人格は別個であることはいうまでもないが両社間にその業務内容、組織、経理面等において混同が生じ、子会社が独立の法人として社会的、経済的実体を欠き、全く親会社の営業の一部門にすぎないと認められるような場合には子会社の法人格が全く形骸にすぎないものとして、また子会社が親会社の意のままに支配される関係にあり、しかも親会社が債務の回避を図るためとか、親会社において禁止されている行為を行うためなどの不当、違法な目的を達成するために別会社として設立されている子会社の法人格を利用するなど両者間に特殊な関係があって、要するに子会社の会社形態が親会社のいわば単なる藁人形にすぎず、親会社即子会社であり、子会社即親会社であって、その実質が親会社と同一企業と認められるが如き場合においては、会社形態の濫用があるものとして、いずれも子会社の法人格を当該問題とされる法律関係において相対的に否認して子会社の該行為による責任を親会社に追及しうると解すべき場合が生じるのである。この点を本件について以下検討を加える。

(一)  法人格の形骸化について

前記認定の事実によれば、訴外三井東圧温室農芸は、被告会社が資本金全額(一億円)を出資して設立した子会社であること、被告会社は訴外三井東圧温室農芸を連結子会社として連結決算を公示していること、訴外三井東圧温室農芸は、被告会社において新たに開発された温室事業遂行のために被告会社開発部が中心になって設立された会社であること、訴外三井東圧温室農芸設立時の役員は何らかの形で被告会社に関係を有しまたは有していた者で占められていたこと、被告会社は、訴外三井東圧温室農芸に対し、関連事業部による総括管理を実施し、開発部による個別管理をそれぞれ実施していたことは、認められるけれども、一方、訴外三井東圧温室農芸は資本金一億円を有する会社であり、設立時において八名の役員と八名の従業員を有し、また昭和五八年末には七八名の従業員を有していたこと、また設立時から解散決議後の昭和五八年八月一日まで東京都中央区日本橋本町四丁目一番地に独立して本店を有していたこと、設立時の役員については、夏原と寺崎については取締役就任後は被告会社とは何らの身分関係を有しておらず、高柳、飯塚はいずれも被告会社を休職して取締役に就任したものであって、右事実からすると、右常勤取締役らは訴外三井東圧温室農芸の職務に専念していたと推認しうること、昭和五八年には訴外三井東圧温室農芸が直接雇用した従業員が被告会社から派遣された従業員の約六倍になっていること、被告会社による総括管理、個別管理といっても、訴外三井東圧温室農芸のみに対して実施しているものではなく、子会社一般に対して実施しているものであり、またそれは、総括管理については、子会社間の事業の重複を避けることが中心であり、個別管理は技術面の相談を受けることが中心であったこと、訴外三井東圧温室農芸の業務運営についても同社の常勤取締役らが中心となって、同社の取締役会等において独自に決定し、右決定に基づき独自に業務の運営が行われていたことが認められるのであり、また、被告会社が右業務運営等について具体的に指示していたと認めるべき証拠がなく、両社間の財産、経理関係が混同していると認めるべき証拠がないことも併わせ考えると被告会社と訴外三井東圧温室農芸間には業務内容、組織、経理面等において混同が生じていたとは認めるには足りないから、原告会社の訴外三井東圧温室農芸の法人格が形骸にすぎない旨の主張はこれを採用しえない。

(二)  法人格の濫用について

訴外三井東圧温室農芸の設立経緯についてみれば、前記認定のとおり、温室事業が被告会社において新規事業であり中小企業的運営が適しているという理由によるものであって、その設立目的、方法等において被告会社に違法不当な目的があったものと認めるべき証拠はなく、また、訴外三井東圧温室農芸の解散に至った経緯についてみても、解散に至るきっかけは、訴外三井東圧温室農芸が多額の債権を有していた訴外ナガサトの和議申立てという訴外三井東圧温室農芸及び被告会社には直接関係しない事情にかかわるものであって、被告会社が債務負担を回避するための如き目的があってされたものと認めるべき証拠はない。したがって原告会社の訴外三井東圧温室農芸の法人格が被告会社によって濫用された旨の主張はこれを採用しえない。

二、商法二三条に基づく責任について

原告は被告会社(三井東圧化学株式会社)は自己の商号の要部たる「三井東圧」なる部分を訴外三井東圧温室農芸の商号中に用いることを許諾して訴外三井東圧温室農芸に営業をなさしめた旨主張する。商法二三条にいう「自己ノ商号」については、それが名板貸主の商号と名板借主の使用する商号とが完全に同一のものであることを要求するものではなく、一般人にとって営業主体の同一性に関する誤認を生ずべきものであれば足りるとは解されるけれども、そもそも「三井東圧化学株式会社」と「三井東圧温室農芸株式会社」では、一般人において、両者はいわゆる三井グループに属する関係会社若しくは後者が前者の関連会社とは考えても、両者が営業主体の同一性に関する誤認を生じせしめるほどに類似しているものとは到底認め難い。この点において、被告会社の前記主張はその余の点を判断するまでもなく採用し得ない。

三、民法七一五条に基づく責任について

原告会社は、訴外三井東圧温室農芸と被告会社双方の取締役を兼務する永井、沢村及び被告会社より出向して訴外三井東圧温室農芸の代表取締役である高柳らの過失により原告会社は損害を蒙ったから被告会社は使用者責任を負うべき旨主張するので以下この点について判断する。

前記一3(三)に認定したとおり、訴外三井東圧温室農芸には高柳のように被告会社を休職して代表取締役に就任した者、永井外数名のように被告会社の取締役を兼務して訴外三井東圧温室農芸の取締役(非常勤)に就任した者がいることは認められる。しかし、民法七一五条にいう「他人を使用する者」というためには、使用者と被用者に雇用契約その他による身分関係が存するのみでは足らず、当該被用者の行為との関連において、使用者が被用者に対して実質上の指揮監督関係が存在しなければならないと解すべきところ、これを高柳についてみるに前記認定のとおり同人は確かに被告会社の社員たる地位を保有していたけれども、同人は被告会社を休職して、対内的にも対外的にも訴外三井東圧温室農芸の代表取締役として職務を行っていたと認められるのであり、その職務に関して被告会社の実質的な指揮監督関係を認めるべき証拠はない。また、永井外数名についてみると、同人らが両会社の取締役を兼務していたとしても、訴外三井東圧温室農芸の職務に従事している際の使用者は原則として訴外三井東圧温室農芸のみが使用者というべきであり、右職務に関して被告会社が使用者というためには、当該職務に関して実質的な指揮、監督関係が及んでいることが必要であると解されるべきところ、右指揮監督関係が及んでいると認めるべき証拠はない。のみならず前記認定の事実関係においては、原告会社と、訴外三井東圧温室農芸間の本件売買契約のごとき訴外三井東圧温室農芸の職務に右高柳、永井外数名が関与したとしても、それが訴外三井東圧温室農芸の業務の執行にあたるとはいえても、これを被告会社の業務の執行にあたるとはいえないことは明らかである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、民法七一五条に基づく使用者責任についての原告会社の主張は採用しえない。

四、以上によれば、原告会社の本訴請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤瑩子 裁判官 松田清 古久保正人)

〈以下省略〉

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